A Project Manager Diary

これは、物語のメモ書き。

4/27 Cragy for you./ある日私は、マネージャーになることを決め、日誌を書くことに決めた。

少し前から、favoriでマネージャーをしている。勇気を出したので。

理由は、ある。

 

一つ、時間について。

自分のクリエイティビティに、限界を感じている。

去年frenzに行って、絶対来年は出よう、と思っていたけど、たぶん、今の私では完成させられない。嘘。最初からできないとわかっている。映像については、自分が納得したものを出せたことがほとんどない。技術も知識も圧倒的に足りていない。

 ・・・正直に言うと、私はデザインについては自分が納得したものしか絶対に出したことがないし、他のデザインを見て、私ならもっとうまくやれると思うこともあるし、出したデザインについては高い評価をつけてくれる人がいたけど、どうにもならなくて、永遠に成果が出ないくらいセンスがないとは思ってないけど、だけど、だからこそ、映像やデザインそのものに対する愛情も執着も、全く足りていないことがわかってる。デザインについては映像よりも誤魔化しが効くから納得したものしか出さなくていいだけで、スキルが足りていないことには変わりがない。それを学ぶだけの情熱がない。思えば私は人やコミュニティにしか執着し、成果を出したことしかないので。何かを好きになって瞬間的に夢中になることはできても、形のない制作そのものに執着して地道に学び努力し続けることができない。

だからこそ、私は、制作のことを、違う角度から知りたい。私の今まで関わってこなかった角度からそれを知り、執着して、努力したい。好きだから。

 

 

一つ、空間について。私のコミュニティを立て直したい。

名実ともに、人間の価値はコミュニティだと思っている。できる限り優秀なコミュニティで認められ信頼を得て、大きな世界の中で城を大きくしていくのに勤しむことが。そういうことに、一番夢中になってきた。

にも関わらず、あんなに夢中になったAnotherVisionに対する愛情が、少しずつ冷めている。それは、正直に言えば、一昨年よりも去年よりも、人間関係がうまくいってないと思うことがあったり、やりたい仕事が回ってこなくていらいらしたり、優秀な人が側にいるのが当たり前になったりしているから、だと思っている。

結局は私の他人への謙虚さが足りていないから。これまでも時々言われてきたことだけど。

足りないものについては、知り得なくて、困るな、と思っている。思っているけど考えてみると、謙虚さーーに私が一番近いと思う、ある種の緊迫した思い、を他人に抱いていたのは、全力で努力して、ライバルとして他人と接しているとき、だった気がする。から、確かめたい。

私がモラトリズムで学んだ大きなことは、「コミュニティを維持するにはコミュニティそのものよりも人間を大切にする」ことだと思う夜もある/コミュニティ≒関係性は骨子で人間は血肉に似ている/ので、それはちょっと、確かめたいな、みたいな気持ちもある。

 

大切なものはいつでも自分で取り戻さなければならないと思っているし、もし取り戻せなかったら、手放すしかない。とりわけ、自分の未熟さからそれをとり落としかけているのなら。

愛しているから。

淡々と努力し、スキルを上げ、成果を出せなかったときに、世界の広さをしり、人を敬いましょう。

 

一つ、私について。

”仕事”のしかたが知りたいから。私にその仕事ができるのか、知りたいから。

端的に言うと、就活を意識してる。マネージャーの仕事は、なんとなく、社会に出たら私がやるような仕事に近いんじゃないかと思ってる。少なくとも、他のクリエイティブ職よりは。やれるかどうか、どうしたらうまくやれるか、知りたい。それも少し、マネージャーの仕事に夢見すぎかもしれないけど。

世の中のことが知りたい。

仕事に就くのが、本当は、少し怖い。情熱ばかりで仕事してきたから、与えられた仕事をこなすことに自信がない。情熱以外の、何かが欲しい。かも。

それから、あまり文字にして電子の海に流したくはないけれどー今はこれを人に見せるつもりはないけど、でもきっといつか私はこれを誰かに見せると思いますー絶対に本人には知られたくないけど、本当は言葉にして残したらいけないことだけど、それでも、今の私には現実に対処することしかできないから言葉として紡ぐけど、・・・に発達障害の診断が下りたことも、本当は、関係がある。大学に行けなくなったことが、留年したことが、電車を間違えたことが、忘れ物をしたことが、時間を間違えたことが、私が話したことを忘れたことが、少しずつあの子を沈めていくのを、耐えられない気持ちで見ている今が。社会不適合者の群れの私たちの、一番優秀で、優しくて、まともそうに見えていたあの子に、社会的な、医学的な評価としての欠落の烙印が押されたのは、ショックだった。なんだかんだ、私たちはうまくやっていけると思っていたのを裏切られたことも、あの子が自分だけは大丈夫だと思っていたことも、だからこそ深くなっていく憂鬱も、私があの子の憂鬱は救えないことも、それはともかく自分が社会で生きていけるのかを、知りたいと思ったことも。本質的には欠落は多少融通の効く問題で、憂鬱に落ちた時に私たちは死ぬ、と思った時に、私はなんとかして生き抜くしかないと思ったこととか。それでいつか、私があの子を助けられたらいいのに。・・・それは本当に夢見すぎだけど。

でも、若いのに夢見がちじゃない人間なんて、今ここに、必要ないです。

 

 

 

それから、ゲームについてが知りたい。コミュニケーションについてが知りたい。わくわくする新しいことを探しに行きたい。今しかできないことをやりたい。優れたクリエイターのマネジメントの仕方が知りたい。文章を書く機会が欲しい。マネージャーってなんとなくかっこいい。たまたま誰も手を挙げないまま数日が経っていた。他の人にできなかったことが私にできるか知りたい。人間のことが知りたい。

 

そして私は日誌を書くことした。理由はある。

マネージャーの仕事を効率的かつ滞りなく遂行するために、考えていることを整理したいから。考えていることを残したいから。私は私の言葉を後から読むのが好きなので。ブロックを組み立てることが好きだから。